#人生150年の真実 それは何時見えるのか?
人間がこの世に生れ落ちて、自分が生まれて現在がここにある
生まれる以前の事は、自分ではどうすることもできず、無条件で受け入れる他ない
そのことを自分が持って生まれた宿命だと一般的に理解されています
男女が愛し合って生まれた子であろうが・・間違って生まれてきた子であろうが・・
貧乏な家に生まれてこようが・・裕福な家に生まれてこようが・・
生まれた日を境に考える場合と、自分を意識しはじめる3歳ころを境にする場合があります
・・・三つ児の魂百まで・・・
3歳になるころに脳裏に刻まれた出来事が、百歳まで影響する・・・という意味でしょう。
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自分が自分の人生について真剣に考える・・・それは何時のころだろう?
十代・・二十代・・三十代・・・それも人様々だろうと思います
人生が時を刻みながら、刻々と進み、いずれ終わってしまう事を考えれば
できるだけ早い時期に考えるべきだろうと私は思っています
自分自身が何者であり、何処へ向かって進むべきなのかを一刻も早く確認する・・・
・・・十歳の魂百まで・・・
流れに任せて生きるのも人生・・・目標や目的をもって生きるのも人生
そういう意味で人生を振り返って眺めてみると、反省の意味も込められています。
いずれにしろ、人と人との繋がりの中で生きる、人と人の間に生きる人生
そのことを理解する上で、人生にとって非常に重要な問題であろうと考えるのです。
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過去を振り返って、失敗を繰り返さない・・正しい方向を探る・・正しい方向に修正する
一般的には、それを#学習能力と呼んでいるようです・・・
人生の全ての事柄において・・人間社会でよりよく生きるための知恵として必要な事
それが、#学習能力 と呼ばれる事の正体だと考えられます。
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貴方は自分の余命は何年?・・何か月?・・と思いますか?
そんなもんは知らん!・・・考えたくもない!・・・なるようにしかならん!
考えたく無いような事でも、人間は状況によって、色々の事に思いを巡らす事になります
自分の生活はどうなる?・・自分の会社はどうなる?・・自分の将来はどうなる?
そして最終的には、自分は何時まで生きられるのか?・・・何歳まで生きられるのか?
そんな考えが浮かんでくるのは、50代・・60代・・あるいは70代になってからかも知れません
大きな怪我をしたとき・・・大きな病気をしたとき・・・命に係わる経験をしたとき・・・
それが普通だと言えば、普通かも知れません・・・
しかし、それで良いのでしょうか?
人間の命が、どのように生きているのか?・・・生かされているのか?・・・
漠然とした思いや考えでなく、命の継続と維持に関して正しい考え方を学ぶべきだと思います
命と太陽、空気、水、食料と自然界の関係、自然の法則との関係、宇宙の法則との関係
それらを語らずして、考えずして、自分自身の命の維持や継続、寿命の事・・・
・・を語ることはできません、自分勝手に生きていると思い込んでいるのに・・・
実際は生かされているに過ぎない事を考えるべきだと、私は思っています。
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文明社会が発達すればするほど・・・技術が進めば進むほどに・・・
インターネットだ!・・スマホだ!・・SNSだ!・・AIの世の中だ!・・・
煩わしい、信用できるかどうかも分からない、不確実な毎日を過ごし
働いても・・働いても・・暮らしは楽にならず
自分が何者なのか?・・自分の命を支えているものが何なのか?・・も忘れて
いつの間にか人生が終わりを迎えている
結果的に、哀れで愚かな人生の時間を過ごし・・無駄に生きてきただけの物語
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人生の悲観的な見かた・・考え方だけを語っているように思いますが
決して・・それがすべてだと申し上げている訳ではありません
30年間のサラリーマンの生活を投げ捨てて・・・
過疎地域の山村で、活き活きと生きる道を見つけた人もいるのです、
インターネットもいらない・・・スマホもいらない・・・電気も、ガスも、水道も・・・
そんな自然の中で、活き活きと生きる人生もあるのだという事でしょう。
情報が入り乱れ、荒れ狂う現代社会で、現在の日本社会で・・・
どのように生きるのが、悔いのない人生を送れるのか!?
そのことを、これからは重点的に検証しながら
話を進めていきたいと思います。
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本日はこれにて失礼します。
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